2011年05月31日

【安田記念】アパパネ最速6冠へ“不安なし”!

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春のマイル王決定戦第61回安田記念」。不動の本命馬は紅一点のアパパネだ。前走・ヴィクトリアマイルで昨年の年度代表馬ブエナビスタを寄せ付けず、同じ東京マイルの舞台で今度は打倒牡馬に挑む。勝てばJRA史上最速となるG1・6勝目到達という快記録も懸かる。引き続き好状態キープとあって一切の不安はない。

 さらなる高みへ。日本の競馬史上、牝馬として最速G1・5勝を挙げたアパパネが牡馬斬りに挑む。その前走・ヴィクトリアマイルは1歳上のブエナビスタと歴史に残る女王対決。外から末脚勝負に徹し、背後のブエナの鬼脚を首差退けた。勝ち時計1分31秒9はレースレコード。国枝師は愛馬の強さにあらためて感服だ。「本当に強かったね。相手は年度代表馬だし、正直どうかと思っていたが…。とにかく本番に強い。それに気持ちの面でも穏やかになって、体もまだ成長している」

 3歳時から狙ったG1はことごとく射止めてきた。今年初戦のマイラーズC(4着)を叩き、勝負どころの反応が激変。昨春と比べて体は20キロ近く増え、たくましくなった。さらに指揮官が称えるのは鞍上との絆の深さ。2歳夏の新馬戦から全12戦、その背中には常に蛯名にいた。

 「(蛯名)正義が乗り続けてくれて、信頼関係を築いているのが一番大きい。競馬に行って、これで負けたらしようがないという乗り方をしてくれる。そこが凄い。やっぱり何か持ってるんだね。アパパネに関しては、乗った12回全て満点じゃないかな」

 今回は新たな記録が待ち受ける。史上最速のG1・6勝だ。4歳秋のジャパンCで達成したあのシンボリルドルフ、ディープインパクトをしのぐ、4歳春でのスピード到達。そのためには2歳未勝利戦(09年10月=1着)以来となる、牡馬打倒が鍵になる。

 「確かに男馬が相手だけどマイラーズCで一応のメドは立った。外国馬?スノーフェアリー(昨秋のエリザベス女王杯優勝)みたいに強いと大変だけど。前走の疲れは取れているので大丈夫。今年2回使っているから、前走と同じように出せればいいんじゃないかな。これで、ひとまず夏休みになると思うので」

 エリザベス女王杯を残すだけの牝馬G1完全制覇は秋のお楽しみ。勝てば牝馬歴代G1最多勝のウオッカ(7勝)にあと1。牝馬最強から真の最強へ。アパパネのさらなる挑戦から目が離せない。



posted by 今日昨日 at 12:58| Comment(0) | JRA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

5月31日 大村競艇予想

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大村競艇
10R  3単 


    一着ABC−二着ABCー@

    一着ABC−二着@−三着ABC     12点




11R  3単

    一着ABC−二着ABCー@

    一着ABC−二着@−三着ABC     12点



12R 3単

    一着ABC−二着ABCー@

    一着ABC−二着@−三着ABC     12点


posted by 今日昨日 at 04:30| Comment(0) | 競艇予想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月30日

【ダービー】池江師、最年少のダービー制覇

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ついに夢をかなえた‐。オルフェーヴルを管理する池江泰寿調教師(42)=栗東=が、厩舎開業8年目にして、待望のダービー制覇を達成。42歳4カ月17日で栄冠をつかみ、グレード制導入後の84年以降では、角居勝彦調教師の43歳1カ月30日(07年ウオッカ)を更新して、最年少ダービー・トレーナーとなった。また、父・池江泰郎元調教師が05年にディープインパクトで制しており、松山吉三郎元調教師&松山康久調教師に続く、史上2組目のダービー親子制覇も達成した。
  ◇  ◇
 降りしきる雨に重く濡れた直線。小柄なオルフェーヴルが最後の力を振り絞る。そのときスタンドから「ケンイチ!ケンイチ!」‐。池江師が、枯れんばかりの大声を送り続けた。
 勝利を見届け、我に返ると、隣には父である、池江泰郎元調教師の姿があった。ガッチリと握手を交わすと、ようやく重く厚いプレッシャーから解放された。
 レース終了後の記者会見。若き指揮官は開口一番、「オルフェーヴルの強さには、自分自身も感動しました」と思いをストレートに表現した。万全の仕上げで臨んだ自身にとって3度目の祭典。「装鞍所で量ったときに(馬体重が)思惑通りだったので“ヨシッ!”と思った」と、Vへの自信を深めていた。
 2年ぶりとなる不良馬場での決戦。作戦もうまくはまった。「昨日までは前に行って、内ラチを通った馬しか残らなかった。でも、きょうの午後ぐらいから外も伸びるようになった。(池添)謙一君も“外(が伸びる)”と。思惑が一致しました」。デビューから一貫して愛馬の手綱を託してきた。他陣営に勝るチームワークが実を結んだ。
 道中は後方に待機。焦りはなかった。「位置取りは後ろだったけど、折り合っていた。あとは、うまく外に出せればいけると思った」。直線では前をカットされる大きな不利もあったが、「勝負根性がある。さすがステイゴールド(産駒)だな、と。ジョッキーも慌てずに乗ってくれた。ゴール前は池添君の執念を感じました」と、名コンビのファインプレーをたたえた。
 42歳と4カ月17日でのダービー制覇。グレード制導入後の84年以降、最年少V調教師となった。厩舎開業8年目にして、早くも頂点を極めたが、「10歳のときからダービートレーナーを目指してきた。あれから32年も経つから…」と苦笑い。夢をかなえて「長かった」と深く息を吐いた。
 夢の実現には、初めてのダービー参戦となった06年のフサイチジャンク(2番人気=11着)の存在が大きかったという。「人気馬で、テレビや雑誌でも取り上げてもらって。あそこでダービーの過程を経験できたのは大きかった」。そしてもうひとつ。「ノーザンファームしがらきの力も大きい」と、牧場スタッフの貢献にも感謝する。
 ひと夏越せば大きく成長する血筋。注目の秋は「(菊花賞で)3冠を目指すのか、三千は厳しいから天皇賞・秋になるのか、これからゆっくり考えたい」と明言を避けたが、「自分のなかでは“3冠の重み”というのがある」と、父が成し遂げた3冠制覇を見据える。父が築いた血の傑作を、さらに進化させてみせる。“新米”ダービートレーナーは、そう心に誓った。



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posted by 今日昨日 at 15:32| Comment(0) | JRA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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